中学校
イスラエルに家族で住み始めた時
物件が少なかったり、契約が困難だったりして
なかなか家が決まらなかった。
それに加えて、子どもが多くて幼稚園が足りず
勧められた幼稚園はどこも空きがなかった。

ようやく見つけた幼稚園ひとつ。
毎日毎日 私とべったりと過ごすことに飽きて
幼稚園に行きたい気持ちがパンパンになっていた海。
心配した言葉の壁は
子ども同士で遊べる楽しさのおかげで
ひょいっと軽やかに超えていった。
子どもは見事だ。
(参照:海の船出

あれから9年。
5月いっぱいでガーナの学校が終わっていた海
今年は長い長〜い夏休みだった。
日数はほぼ100日。
ちびまるこちゃんのような思考の我が娘も
さすがに最後の方は
「早く自分の生活を始めたい」と言い出した。
いいぞいいぞ。
でも、もちろんそれなりの不安もあるわけで
学校が目前になると笑顔になれずお腹が痛くなった。

教育委員会に必要書類を出し、
英語の面接とレベルテストを受け
ツベルクリン反応検査、足りない予防接種を4本打った。
学校初日の朝、ようやく「入学パケット」を
教育委員会から受け取ることができ
それをもって学校へ手続きに行った。

学年ごとに一人いるカウンセラーの先生が
娘の時間割を組み立ててくれた。
選択科目、英語のレベル、数学のレベルによって
ひとりひとり授業が違うのだ。
何か学校で問題があったり、心配事があったら
いつでもその先生のところに来るように言われる。
そして、手続きが完了。
「さぁ、3限は数学よ。」と言われた海。
今日は手続きだけで私と一緒に帰るつもりでいた海
とたんに緊張して 歯がカタカタ震えていたが
小さな歩幅で数学の教室に入っていった。

その日の夜は、
ぽろぽろぽろぽろと涙がこぼれてしまったけれど
次の日は帰宅した玄関で声が弾けた。
「友達ができたよー!」

IMG_1997.jpg

さぁ、海も始まった。


Posted by 船長
category:娘   系
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